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Fwd: 今2つの案件が動いています。(from國久)



Thanks, Masahiro Nouchi   -Sent from my iPhone

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差出人: 邦さんの会社起ち上げ奮闘記59 <nrk17702@nifty.com>
日時: 2014年6月26日 6:40:57 JST
宛先: <masahiro.nouchi@gmail.com>
件名: 今2つの案件が動いています。(from國久)
Reply-To: <nrk17702@nifty.com>

 ひとつは、第48~52回で考えた、「法人で次なる物件」が「もしかし
たら」という段階。
 もうひとつは、永遠に退去しない入居者「お日様」相手の太陽光発電
設備分譲取得の話。

 今回・次回でこの配信記事を一段落させようと、6月の頭には最終第
60回の記事まで書き上げていたのですが、そう遠くない内に「不定期刊
第61回」の記事を配信するかも? (笑)

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 早期退職から7年、今後の7年
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 第57回記事の前書きに、ピアノの先生が隣戸に引っ越してきたと書き
ましたが、近々同業のお友達とジョイント・リサイタルを開くそうです。
 動員聴衆は、お弟子さんやその保護者が中心。

 となると、悩むのがプログラム・パンフに書く曲目解説で、一般の音
楽会のような専門的記述は難しいだけ。かといって単に曲目の羅列に終
わらせるのも素っ気なさ過ぎて、ということだそうです。

 5月半ばに訪問を受け、「もしかして書いて貰うなんてことはできる
か?」との問い合わせだったので、ろくに曲目も聞いていない段階で書
いたのが以下の文章(ショパンが多い、前奏曲集の中から選ぶものあり、
ということしか聞いていない段階での作文)。

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 ピアノという楽器にとってショパンの存在は、偶然とも必然とも受け
取れる音楽史上の幸せな出会いと言ってよいでしょう。

 当時を考えると、同時代の作曲家では、1年違いで、メンデルスゾー
ン(1809年生まれ)、ショパン(1810年生まれ)、リスト(1811年生まれ)が
いますが、バッハのマタイ受難曲の歴史的な復活演奏を遂げたメンデル
スゾーンの影響もあり、過去の作品の再演・再評価といった気運が市民
権を得つつあったことが、まずひとつ言えます。リストがベートーヴェ
ンの交響曲を片っ端からピアノ用に編曲したのも、そうした背景からで
しょうし、ショパンが練習曲集を経て、24の調による前奏曲集を書こう
としたのも、バッハの平均率を意識したものであろうと考えらます。

 もうひとつ、バッハ、モーツァルトベートーヴェンといった人気作
曲家の時代には、今日私たちがイメージするモダン・ピアノはまだ開発
されておらず、1820年代にパリのエラール社製ピアノが登場し、ショパ
ンやリストが才能を発揮し始める時期と重なることを見逃すわけにはい
きません。既にベートーヴェンは最晩年の頃で、ピアノ曲はその表現領
領域を広げる新しい時代を迎えようとしていました。

 そうした視点からショパン前奏曲をとらえると、バッハの鍵盤楽器
に対する識見、その作品や創作姿勢への敬意を、今日的な演奏が可能に
なった構造のピアノが開発された最初期に、まさに天の恵みとも言うべ
き偶然でショパンが現れ、卓越した技術と優れた音楽性によって必然の
如く作品が生まれた、と言えるのではないでしょうか。
 むしろ後の時代のラフマニノフスクリャービン、あるいはドビュッ
シーの前奏曲集の先駆けとも位置づけられます。

 では、バッハやベートーヴェンの時代のピアノが持っていた構造や音
域などを「理解」するように、ショパンも「分かるために取り組む」必
要があるのかといえば、そんなことはありません。
 ラフマニノフが、どちらかと言えば一般大衆レベルでの流行作曲家で
あったように、ショパンもまた万民の耳に心地よい作品を書いた人気作
曲家でした。
 ピアノ協奏曲こそ2曲ありますが、オーケストラ作品も歌曲も合唱作
品も殆ど手掛けなかったショパンは、ピアノという楽器の技術革新時代
の申し子のように、多様な演奏技術の開拓に専念しました。
 しかしその作品は聞きやすく、魅力にあふれています。

 演奏家にとっては、ピアノという楽器の可能性を追究する上で、今な
お刺激を受ける存在であり、曲の親しみやすさが、聴き手にとっても新
たな「ショパン弾き」を待ち望む。そんな弾き手と聴き手の関係が成立
していますから、理屈抜きで、
 「この曲好き」
 「こんなステキな曲が弾けたらいいな」
といった親しみ方ができるのがショパンであり、それゆえ古今東西衰え
ることのない人気を保ち続けているのです。

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 早期退職から7年、財務基盤の安定を図るために不動産投資物件の買
い増し、債務の圧縮、自宅の収益併用物件への建て替え、法人設立、と
展開してきたわけですが、64歳までが生産年齢(人口)だとすれば今が折
り返し点で、あと7年。

 後半は、少しは「昔取った杵柄」を活用するような事業に手を染めた
いな、と思います。
 特に、60歳で現役を退く人もいますから、私と同年代とのコンタクト
は急務であり、暫く遠ざかっていた人脈の繋がりを「確かめておく」よ
うな作業も必要でしょう。

 この配信記事の初期段階でも、

現段階ちっとも商売という次元の事業にはならないのですが、
 「楽譜のことは邦さんに尋ねてみよう」
という信頼があるなら、これが私にとっての社会との接点であり、儲
かるかどうかは別として、何らかの「世のお役に立てる」仕組みを構
築したいな、とは考えています。

と触れました。(2013. 5.16配信、第05回記事)

 そこに、前(第57)回・前々(第58)回と、
 「地道な取り組みを厭わない」
 「お気楽とか、著作権軽視は願い下げ」
などの「姿勢」「性格」が加味され、第56回記事の相続や事業継承を視
野に入れた新規法人の設立?  なんて方向性も見えてきました。

 良かったと思うのは、私の音楽に対する興味が、教えることでも自分
が演奏で自己主張することでもなく、ましてやアンサンブルを通じて人
と関わることでもなく、どちらかと言えば作品理解や学究的視点に偏っ
ていたことです。
 教えるべき対象(相手)がなくては成立しない仕事ではなく、例えば、
書誌編纂で作品目録を作るような作業は苦と思いません。(2013. 5.23
の第06回記事前書きで『舟を編む』の映画を観てきたことに触れました
が、ここに繋がるわけです。)

 楽譜とか教材がメインですから、教育に限っても、学校教育は一分野
に過ぎません。ピアノの個人教授も教育の範疇ですから、上述の文章は、
聴き手が子どもや保護者と考えれば書けます。
 対象を教育から外しても、編成や時代や形式や様式によって思索は変
幻自在に遊び憩うことができます。

 過去に書いた「買換推進記」(2011秋配信)に、私はこう書きました。

 ある段階まで、例えば「青色」事業者を目指すことが「目的」かも
知れません。でもそれを達成したら、次は?  ということです。青色
でいることはそれなりのノウ・ハウが必要かも知れませんが、ある時
点を過ぎると青色は「手段」でしかなくなります。
 「その青色の収支を維持しながら何をやりたいの?」
というレベルになります。手段が目的化され、達成された目的はいつ
しか手段に過ぎなくなる……。

 財務基盤安定のための不動産の勉強は、その過程・途次での行動を書
いているこの配信記事を「目的」的な性格に印象づけます。が、スター
トが音楽のことを好きに取り組むための「手段」だったとすれば、この
「一見」目的的に見える配信記事の内容も、いつかは「手段」に戻る時
が来るわけです。
 何となく、その転機・潮時がそろそろ来てるのかなあ、という気がし
ています。

 今、物件が無いそうです。販売業者も、オリンピックに向けての開発
・上昇気運で「出し惜しみ」している節も見え隠れしているとか。下手
すれば、年を越して、相続増税が実施され、処分(現金化)せざるを得な
い物件が出てくるのを待つ?  なんて長期戦化も?
 そこで無理して、ダラダラと週イチの記事を考えるより、「法人を利
用した生命保険の活用と相続対策」とか、「簿価による法人・個人間の
物件移転と節税」とか、事例が発生する度に単発の記事を書いた方が中
身も濃くなろうかという予想もしています。

 ということで、第60回の節目となる次回を区切りに、不定期刊に移行
する予定です。
 なお、次回記事は既に05/15頃に書いたもので、手を入れなければこ
こ数回の記事と重複・錯綜箇所があるのですが、セミナー受講記と兼ね
ているので、修正せず敢えてそのまま配信します。
(つまり、05/15の頃に不定期刊移行を考えたわけです。)