Fwd: 隣戸にピアノの先生が(from國久)



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差出人: 邦さんの会社起ち上げ奮闘記57 <nrk17702@nifty.com>
日時: 2014年6月12日 6:21:47 JST
宛先: <masahiro.nouchi@gmail.com>
件名: 隣戸にピアノの先生が(from國久)
Reply-To: <nrk17702@nifty.com>

入居されてしばらく経つのですが、拙宅には殆ど楽器の音が聞こえませ
ん。反対側の住戸は、テラスの界壁の近くにピアノが置いてあるので、
それなりに聞こえはするようですが、
 「あまり気にならない方なので平気です」
と仰言って下さり、一安心です。

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 新規事業を考える
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 法人としての収入(売上)を増やさないと、効率的な経営にならない、
ということが、税金の勉強から導かれてきました。物件待ちの仕込みも
一応整え、政策公庫からの借入金も自己資金として出番を待っています。
 業者に打診すると、なかなか「これは」という物件がない、とのこと。
 もし長期戦になっても、それはそれで、役員報酬や減価償却を睨んだ
「読み」が外れて、予想外に出費が嵩んだ場合の「補填費用」があると
いうことにもなり、「お勉強」の算段が付いている安心につながります。
 少なくとも、性急な一部繰上返済は禁物、ということです。

 キャッシュ・ポイントの複数化は、1月のワンルーム物件購入で実現
しましたが、昨年のテラス物件空室の経験から、額の規模としてさらな
る増収の途は必須。
 そこへ、前回記事で触れた相続を視野に入れた社団法人の話。

 では、いったいどんな内容(コンテンツ)を事業化?  と考えた時、28
年という在職時の蓄積から当然に分野は音楽教育。
 ところが、その担い手である現役当事者の「学校の先生」は、これま
でさんざん書いてきたように、著作権意識は低いは、世の中の金の動き
には疎いは、税金に関しても無知に等しいは、といった人種。(別に私
がそうしたすべてに長けていると自惚れているわけではありません。む
しろ現場を離れてみて、自分が如何に世間知らずだったか自戒を覚えて
書いているわけです。)

 そも教育を支える商材というものは、直接的な目的物ではなく、あく
まで「手段」としての側面が付いて回る、という特質があります。可愛
いアクセサリーが売れるわけでも、便利な台所用品が売れるのでもあり
ません。
 20年前なら、作文指導のため国語の教科予算に原稿用紙の占める比率
は大きかったでしょう。でも今はパソコン教室でワープロを操るでしょ
うから、プリンタ用紙やトナー・インクは必要でも原稿用紙の需要は減
っていると思われます。目的は「子どもが文章を書けるようすること」
であって、ある特定の商品でなければならない、という考え方ではない
からです。

 理科のリトマス試験紙は、実験で1回使えば捨ててしまう、正に「消
耗品」で、しかも必ず必要なものですから、一定量は売れます。しかし、
児童数は減り、学校数は減り、市場は縮小します。が、無くなることは
ありませんから、生産側のメーカーの対応はどうあれ、必ず需要は残り
ます。
 一方、「時代の趨勢」には教育の現場も常に晒されます。家庭(個人)
用ファックス機は、パソコンの普及でファックス・モデムに取って代わ
り、今はそれすらもpdfファイルのメール添付で済ませるようになりま
した。

 すると、教育の中身には二面性があり、「技術の変遷」を超えた普遍
に近い部分で営まれる内容と(リトマス試験紙が必要であり続けるお勉
強の中身)、その点は押さえつつも、時代や環境や技術の進歩にも応じ
た部分(原稿用紙からパソコン・プリンタへ)の、両方の要素を切り分け
て考える必要が理解されてきます。
 つまり、何が売れるのか、という問いは、「人間が徐々に成長する」
という教育の特性にあって、いつの時代も変わらない普遍的な「段階」
というものが押さえられた(現場の先生方はこれを基礎・基本と呼び、
躾なども含めて考えます)、しかし「今どきの」とか「現場に合った」
とかのニーズも充たされた教材・素材・資料・等ということになります。
 何とも最初から複合的な価値観を含む、面倒な分野ではあります。
 (ただし、パソコンにしてもタブレット端末にしても、便利さや使い
勝手のプラス面が謳われながら、実際には「産業界の要請」によって需
要喚起され、政策的決定によって現場の意見などお構いなしに供給が為
される、といった構図が有り得ることも覚えておく必要があります。)

 30年くらい前、小学校の音楽教科書には「歌えバンバン」という故山
本直純の曲が載っていました。しかし、その持っている雰囲気(歌詞の
前向きな内容、マーチ・テンポ、音域、使われているコード=和音、長
さ、等)は、久石譲の「さんぽ」(スタジオジブリとなりのトトロ」)
で代替できます。
 目先の教材(楽曲)は変わるけれども、学ぶ内容は同じ。押さえるツボ
は普遍的に変わらない。でも、時代なり環境の変化にはそれなりに合わ
せる……。

 ある意味、こうした教育の営みは、農業試験場での地道な品種改良の
努力に似ているのかも知れません。
 食後に、デザートとしてフルーツが添えられるという普遍的な食文化
があり、でも時代の変化によって酸味が敬遠され、糖度の高いものが好
まれるようになる。また、忙しい現代にあって、家庭では皮むきの必要
な手間のかかる果物が売れない。
 だから、ツルッと皮が剥ける、あるいは皮ごと食べてもいいような品
種に改良され、登録される。果樹園での実験的な品種開発は5年とか10
年などあっという間に経ってしまい、やっと新品種が認められても、そ
れが量産され作付面積を伸ばし、さらに流通でも認知され、市民権を得
るまでには軽く20年くらい必要でしょう。その間儲けとは無縁ですから、
公的機関で職員の給料は税金で賄われる研究場でなければ成立しない話
です(その意味で、『奇跡のリンゴ』は偉業だと思います)。

 やはり30年くらい前、学校で卒業式の歌といえば「巣立ちの歌」(岩
河三郎)が定番でしたが、その後「旅立ち」(石井亨)が投入され、「旅
立ちの日に」(坂本浩美)が登場しと、数多(あまた)の曲が作られながら、
普及した曲は数えるほどしかないことを考えると、スパンとしては農業
試験場の品種改良並と言わざるを得ません。
 少なくとも、上述のパーソナル・ファックス機からpdfのメール添付
までが10年もあるかないか、といったスピードで技術革新が進んでいる
のとは、ちょっと違った時間感覚で構えなければならない要素が教育に
は潜んでいます。

 幸か不幸か、私は祖母が長生きしたため、93歳で娘(私にとっては叔
母)に引き取られるまで、年寄りとの二人住まいでした。家賃がかから
ず、バブル崩壊前で、独身貴族という言葉も生きていた時代、唯一高齢
の祖母を看るでもなく(まだ元気で自分のことはできたので)、しかしい
ざという時は叔母と連絡を取り合い、という同居生活でしたから、あち
こち遊び呆けて散財という生活でもなく、趣味は楽譜の蒐集や資料を繙
(ひもと)き解題することでした。
 つまり、農業試験場での品種改良模索段階のようなものです。

 そして、教則本や併用曲集などから技能段階の法則を整理し、ジャン
ル、編成、時代様式、楽曲様式などを分類して「使える」教材をチョイ
スする。仲間の先生方に紹介して実験的に使って貰う。成果の上がる曲
をスタンダード・ナンバーとして認定していく。
 つまり、模索を抜けて、品種の開発と登録の段階です。

 さらに、普及に向けて、会を起こし、啓蒙活動を展開する。
 即ち、流通の開拓や、認知度の向上です。

 この間、何年もの時間がかかっていますが、教師としての普段の授業
などで定収入があるので、まあ、何とかやっていける。これも公立の農
業試験場(つまり公務員親方日の丸)的な在り方と言っていいでしょう。
 つまり、研究開発にどっぷり身を投じるなどということは、大企業の
研究機関、大学の研究室、都道府県立の各種研究施設などでなければや
って行けず、たまたま私の場合は生活に追われる日常ではなかったので、
擬似的な亜種の研究人間もどきを演じられた、とうことです。

 これが、子育て中の先生だったりすると、職員室を出て勤務校の校門
を出るやいなや仕事のことはすっかり忘れ、子どものお迎えに駆けつけ、
翌朝までの親業・家庭人にスイッチが切り替わります。
 あっという間に翌日となり、
 「仕事のことは職場でだけ考え、持ち帰りなどしたくない。」
となり、たまに勤務時間中に催される研修会などで目先の利いた教材に
出合うと、

著作権のことなどお構いなしで、
 「あ、その曲いいですね、コピーしてくれますか?」(第54回記事)

となります。
 つまり、農業試験場で何年もかけて開発された経緯など知ったことで
はなく、最初から
 「あ、これ美味しい!  いただき!」
という消費者としてしか登場しないのです。あるいは、それ以上の関わ
りなど持とうとしないわけです。

 こう考えてくると、これまた幸か不幸か判断は付きかねますが、まあ、
一般的な学校の先生よりは、少しは輸入楽譜などの原典にあたり、編曲
という手段で目的的な教材も作り、根拠や論理を提示したりといった、
「一家言を持っている」ことが、冒頭に返って、

では、いったいどんな内容(コンテンツ)を事業化?

という部分の差別化、ニーズに応じられる部分かな、と思います。第32
回記事(2013.11.28配信)では、

 ただ、市場規模とか採算性とかいった専門知識は皆無に等しい「世
間知らず」ですから、商機アリとすれば、ノウハウを持ったパートナ
ーと組んで新規事業を起ち上げたりする方が確実ではあるでしょう。
 儲けとは無縁の教育畑出身ですから、実践を経た「真に使える」教
材は知っていますが、企画商品化などはプロに任せて、監修・解説な
どに収まるのが分相応というものだろう、と考えています。

と予想しましたが、この辺りを「脈アリ」の部分と仮定して、動き出し
てみるのかな?  なんて最近思っています。